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Column 02 | 2020.08.10
「きちんと見る」のはむつかしい。



7月は長雨が続き外に出れない日が続いた。
外出自粛の延長戦を告げられているような毎日で、下手すると気が滅入りそうだった。

しかしそんな状況だったからこそ、時折の晴れ間に「多幸感」を感じていたのも事実だ。
今も昔も、価値とは「相対的」なもので「絶対的」なものではない。

先日、私は一匹の大きな「ナメクジ」に出会った。
縁日で売られているフランクフルト程の大きさのそれを見たのは人生で初めてだった。
長雨に気を良くしてひょっこりと現れたのだろう。
まるで「神様」に出会ったような気分になった。
この偶然の出会いも雨のおかげと言えるのかもしれない。

ナメクジを見てふと、「三すくみ(さんすくみ)」という言葉を思い出した。
三すくみとは、ヘビがナメクジをこわがり、ナメクジはカエルをこわがり、カエルがヘビをこわがる様子から「お互いに動きが取れなくなる」という意味のことわざである。

ナメクジはヘビを溶かしてしまう。
ヘビはカエルを食べてしまう。
カエルはなめくじを食べてしまう。

たとえば、ナメクジがヘビを食べてしまうと、ナメクジはカエルに食べられてしまうといった具合に、AがBを倒した場合に、Cが倒されるのが分かっているので動けない。
「三すくみ」はこのような関係性にあるものを指すときに使われる。
一説によれば、スタジオジブリの「千と千尋の神隠し」のなかに出てくる油屋(湯屋)のバランスも、この「三すくみ」によって保たれているという。

湯屋で働く面長の女性たちが「ナメクジ」で、男たちが「カエル」。
そして「ヘビ」の役割を担っているのがハクである。

蛇と龍には実は深い関係性があり、蛇が「神格化」すると龍になると言われている。
面長の女性たち、男たち、そしてハク。
この「三すくみ」という関係があるからこそ、八百万の神様たちが日ごろの疲れをいやしにやってくる湯屋(油屋)のバランスは取られているという。
より身近なところでは「グー・チョキ・パー」もこれにあたるだろう。
そして「三権分立」も「三すくみ」と言える。これにより一つの物が突出して暴走することを防ぐシステムとして機能しているということだ。
「三すくみ」という概念は、関係性を良好に保つために、常に自分の引き出しに入れておきたい。
大きなナメクジを見て、私はこんなことを考えた。

思うに、ものごとを「きちんと見る」のはむつかしい。
意識や関心を高めたり、知識をつけなければ、目の前にあるものさえきちんとみることができない。
これは人が「自分が関心のあるものしか見ない生き物」というのも当然影響している。
せっかく神様のような「ナメクジ」に出会っても、今の私に見ることができたのはこの程度のことだ。
きっと他の人であればもっと見ることができただろう。
だからといって決して卑屈になるわけではないが、やはり「きちんと見る」のはむつかしい。
しかし、このような認識をするからこそ私は「学ぼう」と思う。

ようやく夏はやってきたが、まだ当面の間、不自由は続きそうだ。
遠くに出かける気にもなかなかなれない。
それならば、今起きている様々なものごとを「きちんと見る」ための学びにあてるのもいいかもしれないと考え出している。

これはきっと未来の自分にとっても役に立つ。
「夏の自由研究」だと考えれば、ちょっとワクワクもする。

写真・文:tanaka shingo







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