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Column 10 | 2021.04.20
「最初と最後」という感覚。



私たちは皆「最初と最後」という感覚を持ち合わせていると言われる。
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みまなさに だじいな おらしせ。
こたのび なかお せいげどつう が
ぜたっい に ばれない ように
どやらき の リニュアール を
おなこい ました。
ちみなに この ぶんしょう の じんゅばん も
ばなれい ように いかれえて います。
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これは2018年3月、富山県内にある和菓子屋「中尾清月堂」がどら焼きのリニューアルを行った際の広告の一文だ。

「これはお見事」

「秀逸な広告で不思議」

というようにSNS上で話題になっていた。

一見するとめちゃくちゃな文章のように思うが、なんとなく読めてしまうし、書かれている意味も理解できてしまう。

これは「タイポグリセミア現象」というもので、私たち人間は、文章中に含まれる単語の最初と最後の文字さえ正しければ、その文章を読むことが可能だという。

この現象、科学的にはまだ解明はされていないようだが、最初と最後さえ合っていれば、人間の脳は正しく変換できてしまうのだ。

全く不思議な現象である。

しかし思えばこの「最初と最後」という感覚に思い当たるところはある。

例えば、

木材の中には「根曲がり」といって、雪や斜面の影響で曲がってしまい、今の市場に出しても高い値打ちがつかないものがある。

このような材を梁に使ったものを「曲がり梁」といい、昔の日本家屋などで見かけることが多い。

現代建築で見かけることはないが、このような曲がった材でも家が建ったのは、構造物には「芯芯」で建てるという原則があり、これはつまり極端な話「始点と終点」さえあっていれば間は曲がっていようと建てることができる、ということである。

手間が掛かり面倒である。
処理のしようがない。

このようなことを「始末が悪い」と言ったりするが、この慣用句の出どころは聞いたところによれば「大工仕事」なのだそうだ。

また、
「終わりよければ全てよし」
「最初が肝心」
これらも「最初と最後」という感覚に通じるもののように思う。

リモートワークやデジタルでのコミュニケーションが増えてきた中だからこそ、
私たちは何を「気持ちいい」と思うのか。
私たちは何を「良い」と思うのか。

などをあらためて考えることに大きな価値があるような気がしている。

そでれは また。


写真・文:tanaka shingo







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